2019.2.16

毎日頭が痛くなるまで考えて、疲れたなあそろそろ眠るか…と思うと4時になっていることも珍しくなくて、この長いやすみの中でそろそろ生活が崩れてきた。

自律が未だできないけれど、これも学生のうちだけなのか。

なにも考えずにすむのは常に人が並んでいるカレー屋でバイトをしているときくらいだな。

そのバイトも来月でやめてしまうし、この頭の中でしゃべってしまう感じがさすがにきつくなりそう。

 

今日はひとの半生を聞いた。

ただ聞くことはエネルギーのいることで、別れたあとは無気力になってしまって、いつもは歩かない道をふらふら歩いた。

お腹はすいていたが、食べたいという気持ちが湧かなかった。

それでも力をつけようと今日二度目のごはんを食べて、スタバで作業をして、気づいたら寝てしまい、起きてから疲れがひどいことをやっと自覚して帰宅した。

経験が豊富なひとは、うみのようだと思った。

荒れ果てたうみのひともいるし、穏やかでしんと静かな落ち着きがあるうみのひともいる。

見てきたものの差にただただ圧倒されて、尊敬したり自分はまだまだだなあと思ったりしたけれど、人は人、と潔く割り切れてしまう自分もいた。

目指すところやものやひとを失って、どこへ向かっているのかわからなくなってしまった。

なにかひとつでも信じるものがあればこんなに不安にならずに済むのかもしれない。

信仰はそのためにあるのか。

 

加筆

頭の中が散らかってしまってただただ打ちのめされたから、この日は数ヶ月ぶりに12時前に寝た。

何故ここまでせっぱつまっているのだろう。

その焦燥感が行動に向かうわけでもなく、落ち着いているし、どこへいけばいいのかなにをすればいいのか選ぶこともできてない。

無責任だな、ほんとうに。

それでも、わたしは気を抜く瞬間なんてこれっぽっちもなくて、とにかく毎日きりきりはりつめて、なんとかしようと足掻いているだけましなのかも。

この状態がもう2年半続いている。

とにかくなにかを知ることだけを途絶えないようにしていこう、それだけでいいってことにしておこう。